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とごし と わたし / No.3 八木 香保里

¥2,700 税込

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特別なシーンがあるわけではない。
公園の桜、工事中の柵、散歩する園児、生垣の花、駅のホーム、丸まって眠る猫。
何気ない瞬間に対してシャッターを切るたびに、その街のことを好きになっていくのかもしれない。
街は、人の記憶そのものだ。

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二十四歳のとき、東京へ引っ越した。「戸越に住む」と自分で決めたわけじゃない。仕方なくだった。知らない街を知るために地図を買い、写真を撮りはじめた。初めは道に迷わないための目印を、次第に郷里で見かけないものや珍しいものへレンズを向けるようになり、気になる場所が少しずつ増えていった。

目に留まるものはいつどこにいても大して変わらないようだ。写真がそれを教えてくれる。実家で何度も見たような景色を戸越でも何枚も撮っている。「少しくらい変化があっても」と笑ってしまうくらいに。右も左も分からない地で時間をかけて色んな場所を好きになった。
子どもの頃、学校から戻ると庭の花を眺めるのが好きだった。季節が移り変わるたび、決まった場所に決まった花が咲く。それを毎年楽しみにしていた。大人になり、住み慣れた家を離れても庭の決まった場所に咲く花を気にかけている。

戸越で写真を撮るときは、幼い自分が庭を眺めるときに似ている。暖かくなってきた、公園の桜が咲きそうだ。いつも見かける猫、今日も来るかな。あの人に会えるかな。カメラ片手にいつもの道を行く。私はこれからもこの地を撮り続けるだろうか。

戸越に暮らしてもうすぐ二十四年になる。

A4版縦、44ページ 2,700円

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